トミカのフェラーリを巡る一考察

- Meaning of Ferrari by Tomica -

TOMICA  FERRARI 308GTB

MADE IN JAPAN

ミカが送り出した最後のフェラーリは1999年。
その年、No.91のテスタロッサとNo.117のフェラーリF1が廃盤となっている。

つまり、21世紀に生まれたお子様たちや、今世紀になって集め始めた大きなお友達は、我らがトミカによるフェラーリの新車を味わったことがないわけだ。その間、マテルの巧みなビジネス戦略もあって、フェラーリの小スケール=ホットウィールという時代が長らく続いた。

復活を祝して、トミカによるフェラーリとは何だったか、あらためて考えてみたい。



トミカによるフェラーリ第一号は、1977年、F35の308GTB。

青箱の外国車シリーズが立ち上がって二年目、そして、「サーキットの狼」を端緒とするスーパーカーブームに乗っかって、スポーツカーを中心にモデルを一挙に増やしたときの一台だ。
もちろん308GTBも「狼」に登場し、主人公をかばって事故死する女性レーサーの愛車という印象的な役どころを担っている。

トミカ版は、当方が知るかぎり、308GTBの小スケールの第一号でもある(HWは1978年、MBは1981年)。
ただ、出た当時は、なんでディノ246GTじゃないのかと、スーパーカーチルドレンとしての憤りを感じた。「狼」の劇中車として人気が高かったのは、246GTのほうだったから。トミカが高価なダンディから246GTを出したのは、子ども達への裏切り行為だったと今でも思っている。実際308は、その後メジャー・マイナーを問わず各ブランドから出て、かぶりまくったわけだし。



といったような冷ややかな眼差しで長らくF35の308を見ていたわけだけど、あらためて手に取ってみると、伝わってくるのは、トミカのリアル志向ぶりだ。

デフォルメが身上のHWや、スーパーファストを経たMBには望み得ないリアルさ。
スケール再現性を志向する欧州ブランドが事実上息絶えている70年代後半、黒箱トミカの精緻さと省略感でフェラーリを表現したらどうなるか。
その答えがF35に結実している。

なるほど、あの時代、トミカがフェラーリをモデル化するのって、こういうことだったんだな。





The doorway to Japanese collectors
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